イルム通信(No.1 / 2011年2月発行)

被告側、サインも偽造-裁判経過報告-

中村葉子 (「イルムから」事務局)

 

 梅田の街の風景は、巨大なビル群に囲まれて、まばゆいばかりに光り輝いている。いま建設中のJR大阪駅の駅舎や梅田阪急百貨店など、ひしめき合って乱立する風景には圧倒されるばかりだ。

 

 また東京でもスカイツリーが聳え立って、大阪の通天閣など比でもないくらい新たな観光名所となっていくのだろう。これらすべての建物をつくったのは120年の歴史を持つ、かのO組だ。

 

▶稔万さんのヘルメット。貼り替えられたシール(左)は捨てられなかった。

 金稔万さんが、O組と下請け業者、そして国を相手取って損害賠償請求を起こそうと決意したのは、日雇労働の現場で通名を強制されたことにはじまる。

 

  2009年3月、金さんがいつものように釜ヶ崎の西成労働福祉センターで日雇いの仕事を探していたとき、大手建設会社・O組の二次下請けであるY建設に雇 われて現場に入った。はじめはヘルメットの名札には確かにひらがなで「きむ」と書かれていた。けれども事態は急変。9月に再び現場に入ったとき、「今日は 通名でいってくれ」と業者が言い出し、ヘルメットの「きむ」のシールを「かねうみ」にむりやり貼りかえた。また現場入退場の際の指紋認証システムの電子板 に「金海さん、お疲れ様」と、ご丁寧にも照らし出した。その後、およそ4ヶ月にわたって通名で働くことを余儀なくされた。金さんにとって苦痛そのもので あっただろう。そうした差別が黙認され続けてきたことに対して、O組も国も建設業法41条における助言・勧告においてその責任が厳しく追及されるべきだ。

 

 年明け早々、弁護団が結成され、4回目(それまでは本人訴訟)の弁論が終わり、O組と下請け業者のずさんな現場管理が明らかになってきた。

 

  まず、下請け業者のY建設と株式会社Yは、当初から金さんは「特別永住者」(旧植民地出身者とその子孫で、日本における就労制限がない)だと知っていたの に、「不法」就労を防止するための「外国人就業届」を提出していた。これは、そもそも「特別永住者」には歴史的経緯から「外国人就業届」を出す必要がない にもかかわらず提出されていた。それに対してO組は一貫して一次、二次下請けの事務処理上のミスとして片付けてきた。しかしながら、「外国人就業届」には 必ず「外国人登録証」の写しを添付するというO組側の規定がある。それをきっちり守っているならば、O組は「特別永住者」ということを再度確認できるはず である。それを最後まで確かめないまま働かせたことは、二重の誤りを犯していることになる。単純なミスではすまされない。

 

 本名で金さんを雇い入れたときは、本名=民族名としてきちんと認識しているようだったが、すでにこの時点から「在日」の歴史的背景を無視していたといえる。裁判で最大の争点となる通名強要の事実確認は、次回口頭弁論から本格的に追及が始まる。

 

  通名が強要されたとき、梅田某百貨店の現場は二期工事に入っていた。数ヶ月ぶりに金さんは現場に入ることとなり、改めてO組と下請け業者は労働者の再登録 と称して、本来なら同じ労働現場であるから必要ないのに再度身分の確認がなされた。そして、このとき何らかの理由で、まったく見覚えのない「新規入場者教 育時アンケート」(現場における労働者の安全を確保するための身元確認の書類)が作られた。そこに「金海稔万」という通名のサインが誰かによって偽造され ていた。緊急連絡先のお父さんの名前までもが通名で書かれていることが明らかになった。

 

 通名で書かれたサインは明らかに 本人の筆跡とは違うもので、本人の意志に反して行われた通名強要の事実を根拠づけるひとつの証拠となっている。この偽造された文書から、ヘルメットのシー ル貼りかえに至るまでの経緯はまだ明らかにされていないが、金さんを「日本人」として扱おうとした態度がはじめから濃厚だった。

 

  それを踏まえて、今後裁判で争点となってくることは、「不法」就労を防止するための規制がどのように厳しくなったかということである。それは、あきらかに 外国人の名前とわかるような登録者に対して、今回は日本人と装って現場に入ってくれというような流れになったとしたら、O組と下請け業者は人権無視の労働 者の使い分けを普段から行ってきたことになる。

 

 つまり、同じ一人の人間を時には「外国人」として扱い、時には民族的アイデンティティを無視して日本人にすりかえて働かせるという、ずさんな差別管理体制がまかりとおっていることになるだろう。

 

 金さんのこの裁判に対する思いも大手建設業者の日雇い労働者に対する明らかな差別を日ごろから意識していたことにはじまると思う。

 

  「O組にとって「アンコ」(日雇労働者のこと)の名前とか、国籍などは実はどうでもいいことなのだろうと思います。ある人から、O(組)の正社員が「金」 と名乗っていたという話しを聞いたことがあります。正社員に対しては本名を名乗ることを認めながら、下請け、孫請けの使い捨ての従業員は名前や国籍の偽装 を黙認、あるいは追認するという人権無視の差別的企業体質を問わねばなりません」(金稔万さん)。

 

 また、この裁判は日本の社会における「名前」(朝鮮語で「イルム」)の持つ意味を通して、日本の同化圧力の問題と「特別永住者」の権利だけでなく、あらゆる在日外国人が日常生活において本名で働く権利を問うていく運動でもある。

 

  大阪府教育委員会の調査(2010年5月)で、日本の公立高校に通う在日高校生の本名使用率はわずか21.1%という報告がある。今後、若い世代の在日韓 国人・朝鮮人だけでなく、国籍や民族的アイデンティティを異にする人々があたりまえに本名を名乗れ、それが受けいれられる社会になっていくように、この裁 判がひとつの問題提起になればと思っている。

 

「おれは日本人じゃないし」

石田みどり(多文化子ども会スタッフ)

 

  金稔万さんの裁判のことを多文化子ども会の卒業生で、現在ボランティアとして活動に参加している大学生Dに話していたときのこと。私は、雇用主がDに、 「君を雇いたいんやけど、外国人雇ったら「外国人雇用届」出さなあかんとか面倒やし、君やったら日本語もしゃべれるし、見た目も日本人みたいやし、日本の 名前(山田太郎とか)で、働いてくれへん?」って言われたらどうする?と尋ねました。Dは、「嫌やし、そんなん!おれはDやし、日本人じゃないし!」と即 答しました。彼は、沖縄系「日系人」の母親と、ペルー人の父親を持ち、ペルーで生まれてすぐに来日、日本の学校に通いました。家庭ではスペイン語を話すバ イリンガルです。学校でもずっとペルーの名前を使い、ペルー人であることに誇りを持っています。今、大学生の彼が社会に出るとき、その誇りを踏みにじるよ うな日本社会であってはならないと強く思います。

 

 中国残留日本人の子孫として来日した子どもたち、フィリピン人やタイ人 のお母さんを持ち、国際結婚家庭に生まれた子どもたち、ブラジル、ペルー、ボリビアなどの南米出身の「日系人」の子どもたち、インドシナ難民の子どもた ち、その他たくさんの国や地域にルーツを持つ子どもたちが今、日本で生活しています。もちろん、在日朝鮮人の3世、4世たちも。彼、彼女らは日本国籍を持 つ持たないに関わらず、同化圧力の強い日本社会の中で、「日本人ではない」自分自身を意識しながら生きていると思います。全ての「日本人ではない」 子どもたちが、そのことを、否定的ではなく、肯定的なことであると思えるようにと、日々活動しています。

 

 金稔万さんの裁判はそういった多文化なルーツを持つ子どもたちの将来にとっても大きな意味を持つ、日本社会への問いかけだと思います。