イルム通信 No.2 2011年6月23日

 

 

イルムの革命

丁章(詩人)

サラムを生きたいならば

ただイルムを名のればいい

イルムさえ名のっていられたなら

生活があなたをサラムへと育てるだろう

イルムを名のるのはたやすいことであるはずなのに

イルムを名のっては生きがたい

それが在日の現実だから

イルムを名のっていさえすれば

あなたの人生が

自他に革命を起こすだろう

 

  • イルム(이름)名前。通名(日本名)ではないウリ民族名、という意。

 

通名を絶て、イルムを生きよ

 

通名を絶ち切れない在日がいる

植民地の時空を引き継いでいる

総督府の命令が生きながらえている

創氏改名をまだ生きている在日がいる

 

光復後も通名を絶てない在日がいる

世界中のウリ同胞で

在日だけがまだ通名を絶てないでいる

在日に通名を強いてくる差別がある

植民地の時空を引き継ぐ日本がある

 

通名を隠れ家だという在日がいる

隠れ家暮らしがサラムのマウムを抑圧しつづける

差別に抗しきれずに在日が日本人になる

隠れ家でまた在日が息絶えてゆく

隠れ家によって創氏改名が成就されてゆく

 

辮髪を絶ち切れない同胞を

魯迅は愛して且つ憎んだ

長たらしく伸びている辮髪のような

通名を引きずる在日がいる

 

総督府庁舎をぶち壊したように

在日は創氏改名をぶち壊さねば

在日は植民地の時空を絶ち切らねば

 

光を求めて

在日よ

通名を絶て

イルムを生きよ

 

丁 章著『サラムの在りか』

2009年、新幹社刊、2520円

「在日」と「朝鮮」「日本」のあいだで揺らぎ、獲得した自身の在りか。サラムとして生きる「在日3世」詩人の第一エッセイ集。次回の原告準備書面でも引用されます。是非お読みください。

この闘いはキツイぞ。だけど大丈夫!

徐文平(元積水ハウス社員本名裁判原告)

 「え~っ、裁判やっとるやん?!」

 これは私が「イルム裁判」を初めて知った時の発声です。

 なんで「え~っ」と発したかと言うと、私は5年ほど前に原告として本名裁判を経験したからです。この手の裁判は結構大変です。

 何が大変なのかは、いっぱいありすぎて上手く表現できません。お金を取るのが目的じゃなく「人間として、ごく自然なあたりまえの姿にもどす」ということですから。日本名がここ日本では大きくまかり通っている現実があります。「イルム裁判」はなにせ、差別と闘う裁判です。相手は日本社会・日本ということになりますから、それはもう大変です。

 「イルム裁判」を知って、すぐにイムマンさんに連絡して会いました。支援の申し出と精神的なプレッシャーに気をつけて、を言いたかったからです。会った時の会話は、もちろん呑みながらですが、

 徐:「とにかく大変やど。よう裁判起こしたなぁ。楽勝にはならんで・・・」。

 イムマンさん:「そうなんかぁ、大変なんかぁ・・・」でした。

 私の経験から「イルム裁判」を思うのですが、「本名を日本名に変えた」=「解放の正しい姿を植民地の間違った姿に変えた」と。

 原告イムマンさんは、「こんちくしょう、くそったれ、許さん、謝れ、慰謝料請求」となったと思います。これを日本社会・裁判官がはたしてわかってくれるのか、というのが少し不安になります。

 本名に関する思いを説明したり、表現するのはむずかしいです。

 私自身が本名を使用している理由の中の一つに罪悪感というのがあります、「とうちゃん・かあちゃん、朝鮮を嫌がって、バカにしてゴメン。朝鮮人らしくないけど、せめて名前くらいは朝鮮人でいくわ、許して」ということです。

 思いや感情が複雑怪奇に交錯というか、日本国で在日が本名を使用することは差別が確実に絡むので、なんともやっかいです。

 裁判は公のケンカです。ケンカは闘い、闘いは相手に嫌われてこそ価値がある。嫌われる相手は日本社会。この闘いはキツイぞ。

 だけど大丈夫! 支援者・理解者がおれば闘えます。

 イムマンさん、大船に乗ったつもりでいきましょう。