イルム通信 No.5 2011年10月20日

 

■勝たねばならない裁判

  -第7回口頭弁論を傍聴して思ったこと

 

     小西和治(兵庫在日韓国朝鮮人教育を考える会)

 

 コリアンカルチャークラブ(KKC)の顧問として、兵庫の韓国朝鮮人少数在籍校で長年仕事をしてきました。私の働いていた高校に入学してきた在日外国人生徒は、38年間で110人。その保護者と本人たち全員と話をすることが出来ました。

 

入学時は、新渡日の生徒を除くと全員が通称名でした。しかし、KCCの活動を通じて約3割の生徒が在校中に本名(民族名)で生きる決心をしてきました。1718歳の揺れる心の中での涙・涙の本名宣言から、韓流ブームの後押しもあってか「そしたら、ウチ 本名でいくわ…」という簡単明瞭な名前の変更まで、生徒たちはそれぞれに自分自身の生き方を真剣に考えて、本名(民族名)で生きる決意をしてきました。

 

「通称名で生きていくのは友だちに嘘をつき続けていることになる」、「祖父・祖母の苦難の歴史を思うと、植民地支配で押し付けられた名前を使い続けることは出来ない」…思いはさまざまでも、真剣に自分自身を見つめ直した上での決心だったと思います。

 

今、ようやく教職員や教育行政の努力で、本名で通学する子どもたちが一部の地域で飛躍的に上昇してきています。下の表のように伸びてきた西宮市のコリアンの子どもの本名率は最新資料では30パーセントを超えました。西宮市内公立小中学校 全在日コリアン児童生徒 (西宮市教育委員会調べ)

 

 

1991

1994

1997

2000

2003

2006

2008

本名率       

12.4%

14.4%

15.4%

17.0%

14.8%

19.9%

26.2%

 

 ところが、学校を一歩出ると、自分自身が苦労して取り戻した本名で生きて行くのが困難な状況がまだ残っています。同胞企業、公務員、教員、専門職などの比較的本名(民族名)で働きやすい職場は別にして、それ以外の職場に進んだ卒業生の中には、通称名に戻らざるを得なかった者がいます。彼・彼女らの本名宣言時の苦悩を知っているだけに、どれだけ酷い状況であったのか想像することが出来ます。

 

 この日本から民族差別を無くし、誰もが当たり前のように本名(民族名)を名のり、周囲の者が本名で呼べる社会を創出していかねばならないと思います。それが、一人ひとりが人間として尊重される社会をつくる上での最も大切な基盤だと思うからです。

 

児童生徒たちの未来を奪い、本名(民族名)で生きる権利を奪っている日本社会の現状に怒りを覚えています。大林組・ヤマシタ・米原建設、そして日本政府による金稔万さんへの攻撃は、日本に住む全外国人に対する暴挙であり、在日外国人と共に生きる社会の創出を願うすべての人々にかけられた攻撃でもあると思います。

 

これに対して、今なさねばならないことは…支援グループの全国化、国際世論への訴え、等…あまりにも多く、時間も人手も不足しているとは思いますが、「必ず勝たねばならない裁判」であるとの思いで取り組みを強めていかなければならないと思います。

 

先日も、大阪府立高校の教員や教育委員会のみなさんに向けて、この訴訟の意義と先日の裁判を傍聴した感想を話し、教育現場での「名前」の取り組みの重要性を訴えてきました。私にできることは限られていると思いますが、微力ながら支援を続けていきたいと思いますので、今後ともよろしくおねがいします。

 

【写真】9月5日、第8回口頭弁論終了後、弁護団の弘川欣絵さん(右から2人目)・空野佳弘さん(右端)に続いて、原告の金稔万(キムイムマン)さんが裁判にかける思いを語る。

 

■次回・次々回口頭弁論の日程 傍聴に来てね!

 

裁判において、傍聴席をいつもいっぱいの人で埋めるということは裁判官の心証に大きな影響を与えます。

 

残念ながら、日本の裁判所は平日の日中の開廷ですので、なかなか傍聴が大変です。が、そこは何とか万障お繰り合わせの上、裁判所にお運びください。終了後、毎回報告集会をおこない、その後、イムマンさんを囲んで、お昼ご飯を食べながら、有意義な時間を過ごしています。

 

【第9回口頭弁論】10月20日(木)10:30~

 

【第10回口頭弁論】11月21日(月)11:00~

 

いずれも大阪地裁510号民事法廷(大阪市北区西天満2-1-10 地下鉄・京阪「淀屋橋駅」「北浜駅」下車)にて開廷されます。開廷15分前に傍聴券の抽選があります。30分ほど前までに(裁判所工事中のため)高等裁判所1階南側入口付近にお越しください。もちろん【入場無料】です。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

■山形国際ドキュメンタリー映画祭で、金稔万さんの『釜の住民票を返せ! 2011』が上映されました。

 

ドキュメンタリー映画監督小川紳介を記念して、世界中のドキュメンタリー映画監督が集まる山形国際ドキュメンタリー映画祭で、10月7日(月)、金稔万さんの作品『釜の住民票を返せ! 2011』カラー/ビデオ/50分 監督:金稔万 (NDS)が上映されました。

 

「日本最大の寄せ場(=日雇い労働者の町)、大阪の釜ヶ崎にある5階建ての小さなビルに、住民票を登録した約3300人の寄せ場労働者や野宿者たち。住民票の削除を主張する大阪市に対して、彼らは住民票と選挙権を求めて闘う!」 http://www.yidff.jp/2011/program/11p7.html

 

■イムマンさんが新聞に載りました!

 

「釜ケ崎の叫び撮る 国際映画祭で上映」

 

『朝日新聞』2011年10月12日

 

日雇い労働者が集まる大阪市西成区の釜ケ崎(あいりん地区)を舞台にしたドキュメンタリー映画「釜の住民

 

票を返せ!2011」(50分)を、日雇い労働を経験した在日韓国人2世の男性が制作した。7日の山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映された。

 

兵庫県尼崎市に住む金稔万(キム・インマン)さん(51)。2007年1月から2年余り釜ケ崎に通って撮影した。住民票がないと失業手当がもらえない日雇い労働者らが、実際には住んでいない地区内のビルに大量に住民登録していた問題が発覚した頃で、削除を迫る市と揺れる街の人々を記録した。

 

住居が定まらない労働者らは、ビルの住民票が消されると再登録が難しく、間近に迫る統一地方選の投票権さえ失う。「そこまでやらなあかんのか」と憤りを感じた。

 

撮影するようになったのは06年。家族経営していた神戸市長田区のケミカルシューズ工場が00年に倒産し、日雇いで建設作業員やリンゴ売りをしていた。生活は不安定だったが、好きな映画館に通い詰めた。自分でも表現したい、と貯金をはたいてビデオカメラを買った。

 

在日としてのルーツに向き合うことを第一のテーマにした。韓国・済州島から渡ってきた過去を語ろうとしない両親をはじめ、在日1世の口は重い。「2世の自分には代弁できない世界を残したい」と、1世が集う祭祀(さいし)の記録を続ける。

 

一方、映画制作を志す人が集う「中崎町ドキュメンタリースペース(NDS)」のメンバーに誘われて通い始めた釜ケ崎にものめり込んだ。

 

作品には、07年の参院選の投票を呼びかける若者を冷ややかに見る中年男性が登場する。男性は若者と口論した末に「外国人にも選挙権をくれ」と叫んだ。在日韓国人だった。金さんが同じ済州島出身と知ると表情を緩め、カメラに熱く語り始めた。「西成を直せばもっと大阪は良くなる。国政に、府政に、市政に言うて下さいよ」

 

現在、時給制の介護ヘルパーで生計を立てる金さんは「釜ケ崎の問題は、多くの非正規労働者や在日外国人に通じる。見えにくい問題が交差する釜ケ崎の現実を知ってほしい」と話す。近畿圏での自主上映も計画している。問い合わせはメールでNDS(kajii@nakazakids.sakura.ne.jp)へ。

 

出典:http://mytown.asahi.com/osaka/news.php?k_id=28000001110120002

 

 
 

 

*