イルム通信(No.9 / 2012年4月27日発行)

 

■「金稔万さんの本名(民族名)損害賠償裁判を支える会」報告集会                               

 

3月14日(水)に、稔万さんのホームグラウンドともいうべき西成区釜ヶ崎・三角公園の前にある聖フランシスコ会「ふるさとの家」(高齢の日雇労働者の家)で第3回報告集会をおこなった。急遽開催を企画したにもかかわらず、幅広い年齢層の50人近くの方々が参加くださった。

 

まず、弁護団の空野佳弘さん・弘川欣絵さん・奥田愼吾さんからそれぞれ裁判経過について報告があった。続いて、学校現場の経験の長い元高校教員の印藤和寛さん、ケースワーカーから釜ヶ崎地域の中学校教員に岡茂樹さん(今宮中学教員)、釜ヶ崎でともに闘う、本会の連絡先にもなっていただいている釜ケ崎医療連絡会の大谷隆夫さん、住民票問題に取り組む谷内博光さんに話していただいた。続いて、連帯のアピールで、証人申請予定の伊地知紀子さん(大阪市立大学)や韓国から駆けつ

 

【写真】なまえシールを張り替えられたヘルメットを示しながら説明する金稔万さんと弁護団長の空野佳弘さん。

 

けてくださった今政肇さんほかにマイクが回された。

 

終了後、同じ会場で懇親会を開き、1部でお話しいただけなかった方々からもお話を伺った。 

 

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聞き書き「民族学級で教えて」(中)

 

朴正恵さん(大阪市民族講師会共同代表)

 

 

本名(民族名)裁判は戦後補償の問題

 

この裁判でふと思ったのは従軍慰安婦問題でした。要するに今回の裁判も戦後補償の問題だと。結局、過去の清算の問題が根本的に解決しないから、いまだに「創氏改名」が現存しているんだと思いますねん。歴史的に大阪は阪神教育闘争(1948年4月)があった地でもありますし、民族学級も戦後補償の主張を前面に打ち出して運動したことがありました。

 

「本名を呼び名乗る」運動という観点に立つと、やっぱり名乗れない日本社会の「現在」に目が行くけど、結局、戦後補償も歴史教育もしっかりなされていないから、今も「創氏改名」は死語になっていない。それが学校現場においても存在しているということなんですよ。

 

 

だから朝鮮人・日本人の双方が学ばないと

 

ちゃんとした歴史観が、とりわけ教育現場で教えられていれば、「創氏改名」の問題はもっと早く解決できていたと思ってますねん。たとえば自分の隣に金村さんとか新井さんとかいう人がいて、それが実はさんさんという本名を持っている。それは何故なのか、どういう事情があるのか、歴史をひもとく中で学んでいく。

 

たとえば、民族学級に来る子の大半は物心ついた時から「まさえ(正恵)」を名乗ってます。それが小学校で民族学級に来たら「チョンヘ(正恵)」という名前であることを知る。朝鮮人の子どもはその根拠を知らないし、日本人の子どもはその歴史を知らない。抵抗感と違和感ですよ。だから双方が学ばないと。

 

 

イムマンさんの声を無駄にしたらアカン!

 

名前の問題は歴史の流れの中での一つで、再度、朝鮮人は自国の歴史を学び、日本人は誤った朝鮮観やアジア観をどこかで変えていかなアカンと思うんです。今の子どもたちの時代にはこんな問題はなくならなということはすごく思ってるし、そのためには正しい朝鮮観が必要だと思うんです。

 

もう何十年も前ですけど、民族講師として初めて赴任した大阪市の小学校で、部屋に「正しい朝鮮観を」ってスローガンがあるのをみて「えらい大上段にかまえたスローガンやなあ」と思った記憶があります。当時は「『差別を許さない』とかのほうが具体的でええんじゃないか」と思ってたんです。でもやっぱり、問題をなくすのは、現状の日本社会への批判とその根である歴史認識との両面でやらなあかんのやなと思ってますねん。とはいえ今の日本社会では中々むずかしいでしょ。だから私は日本社会の現実を告発したイムマンさんの声を無駄にしたらアカンと思てるんです。

 

 

なんで日本人が朝鮮人を本名で呼ばないのかという問いかけが必要だ

 

名前の問題をきっかけに、日本人がもう一度自国の歴史を振り返ることが大切だと思っています。単なる名前の問題じゃなく、なんで朝鮮人が日本にいてるのかということを。「本名を呼び名乗る」と言った時に、今の日本社会の名乗れない状況に対する批判やその中で子どもが名乗るところに目が行きがちです。呼ぶ側、もちろん学校の先生には「朝鮮人の子どものことちゃんとやってよ!」っていうてきたけど、日本人、日本人と一緒に学ぶクラスでのことについて、あんまり言ってこなかった部分があるんです。朝鮮人の子どもたちがなんで本名を名乗れないのかという問題と同時に、なんで日本人が朝鮮人を本名で呼ばないのかという問いかけが必要だと思うんですね。朝鮮人を朝鮮人の名前で呼べない日本人、呼ぶことに躊躇しているのはなぜなのか?

 

 

「集まる予定の人は集まる場所に?!」

 

以前の話になりますが、ある学校では非公表で民族学級をしてました。学校に行くと、校内放送で「今日、集まる予定の人は集まる場所に」ってアナウンスが流れるんです。最初は知らんかったから「けったいな放送やなあ」と思ってたけど、よく考えたらそれが民族学級の招集だった(笑)。誰もいないのを見計らって教室に入り、移動黒板で目張りをする。通ってるのはもちろん秘密。ましてやクラスでは全員通名です。私ね、「無意味だとはいわないけど、こういう秘密結社みたいなやり方はアカンのんとちゃいますか」って言ったんです。

 

今ではこの学校、文化祭で民族学級の子たちが発表したりしてます。民族学級にいってることを知っていても、本名で生活できないって現実っていうのは今もありますしね。これは民族講師の責任もあるけど、やっぱり日本人教師に責任があると思うんですね。

 

だから私はよく、日本人の先生に「先生は本名で呼びたいの?」って聞きますねん。そしたら、「いや、ご両親が反対してるから」とか「本人がちょっと考えたいといってる」とか言うわけです。「そうじゃなくて先生の思いはどうなん? それを子どもにも保護者にもいわなあかんでしょ? そこから始まるんとちゃいますの?」って。たとえば「私はこの子が生まれた時に、お父さんお母さんが最初に付けた名前を呼びたいんです。日本社会はこうだけど、私のクラスは大丈夫です」って。自信をもって「『民族学級だけじゃなくて、クラスの中でも本名でいかせてほしい』と言っていいんじゃないか」と。

 

 

日本人には今一度振り返ってほしい

 

名前は名乗る側の問題でもありますけど、呼ぶ側を問うてもいるわけですよね。イムマンさんの裁判を契機に、日本人が朝鮮と日本との歴史や、なんで在日朝鮮人がいるのかについて今一度振り返ってほしいなと。だから私は大学生とか、できるだけ若い人に声かけてるんです。「あんたらの時代に解決せんかったら、この問題永久に抱えていくで」って。そういう意味ではこの裁判、じわじわでもいいから、動員じゃなく、友人、知人のつながりの中で来た人たちがやっぱり考えて、「今度、弁論に行く時はあの子連れて来て、考えてもらおう」とか、そういう運動になっていってほしい。

 

今回の裁判はイムマンさんが日本人の友達に相談をして、その人が自分の問題だととらえて、自分で訴状とかを書いて始めたわけですよね。そんな話を聞いて、その人にはすごく感謝しています。まあ私が感謝することじゃないけど(笑)。問題提起するという認識をすごい大事に思ってるんです。(聞き手:中村一成)

 

 

 

■次回以降の口頭弁論の日程  傍聴に来てね!

 

【第14回口頭弁論】以降の予定

 

5月16日(水)11:30~ 陳述書などの提出

 

7月11日(水)10:30~ 尋問 

 

7月18日(水)10:30~ 予備日

 

大阪地裁808号民事法廷(大阪市北区西天満2-1-10 地下鉄・京阪「淀屋橋」「北浜」下車)にて開廷されます。もちろん【入場無料】です。

 

【弁護団会議】空野佳弘法律事務所で、原告陳述書について

 

第22回弁護団会議4月24日(火)19:00~
第23回弁護団会議5月10日(木)19:00~

 

参加希望者はご連絡ください。