イルム裁判控訴審・第三回口頭弁論報告

イルム裁判控訴審・第二回口頭弁論報告


「イルム」という闘いとともに差別のない社会を目指す道
韓基大

 

 イルム裁判の控訴審第3回口頭弁論を傍聴していた時に、私は本人尋問で話す稔万さんを後ろから見ていてなんとも言えない苛立ちを覚えていました。尋問の中身は明らかにこちら側に有利だから何も苛立つ必要も無いのかもしれませんが、名前を奪われて人格権を奪われたのは稔万さんです。なのに、大林組とその下請け2社がおこなった証言が偽証であることを証明するために尋問を受けている。一審があまりに酷い判決だったから公訴した裁判で、証明する責任が稔万さんにあることになっている。差別があったことを一々証明し確認しなければならないなんてバカな話しがあるかと言いたいのだけど、それが今、私が生きるこの社会なのだと思った。

 過去に多くの同胞を殺して肥え太った企業が、現代にも私たち在日朝鮮族の尊厳を奪うことに何の反省もしないでいて、社会がそのことにほとんど反応しない。
 そもそも「外国人雇用状況の届出」の義務化はすべての外国人に対してテロリスト扱いをし、就労差別する差別政策であるとも思わないでいる。そして、歴史的経緯を持つから在日と略称されて特別永住という立場にあるこの国に住む朝鮮族も、本名を名乗れば“テロリスト”の予備軍のように扱われ、名前を無理矢理に通名にされてしまったわけだ。これは大林組がただ法律の中身を理解しなかったとか、勘違いしたという話しで済まされる話しではなくて、彼らには明らかに在日の私たち、朝鮮族だけでなく日本人ではない、すべての者に対して軽視するものがあったからこんなデタラメなことをやってのけたのだ。

 口頭弁論では、大林組に雇われた弁護士は何度も金稔万さんを「キンさん」と呼んでいた。稔万さんの裁判闘争は「イルム=名前」と名付けて、本名を自由に名乗れない社会に対して闘われているのに、名前と共に稔万さんの尊厳を傷つけた大林組の弁護士が「キム」とは言えないでいる。この精神の貧しさを哀れんでやるだけの余裕は今の私にはない。むしろ、差別して悔やむことのない者をいつまでも許さないでいようと思った。それは、この「イルム」という闘いとともに差別のない社会を目指す道なんだと思うからだ。

親からもらった大切な名前
鄭春子


 私は在日2世です。現在は通名を使って生活をしています。出来れば本名を使って生活ができればと思うことがあります。
鄭春子という名前は親からもらった大切な名前です。心の中で大切に思っていますが、韓国名を使い、日本で生活する中で、社会に対しての不具合があります。
 在日韓国朝鮮人が普通に働き、学校に通い、普通に生活する上で不利益なことが多いので、仕方なく日本名で生活しています。
 以前、私は百貨店の販売員の仕事をしていました。当然、通名を使い働いていました。通名で仕事をしていると、仕事の仲間や上司に、別に名前があること、韓国人であることを知られないか、心配しながら働いていました。周りの人にわかってしまうと、仕事がもらえないかもしれない、嫌がらせをされ仕事がしにくい状態になるかもしれないと心配しながら働いていました。
 今は、仕事を辞めて、自分のことを韓国人であるとを堂々と言えるのがうれしく、日々楽な気持ちで暮らしています。
私たちが日本で使っている通名(日本名)は、昔、強制されたものです。自分で望んだわけではなく、なぜ日本名を使わなければいけないのでしょうか。「この国はおかしい。」と思います。
 自分の本当の名前を名乗れないことが、どれほどいやな事か知っていますか。日本のみなさんは経験がないのでわからないと思いますが、少し想像してみて下さい。
 先日、イルム裁判の傍聴に伺いました。私は傍聴券が取れなかったのですが、知り合いの方に少しだけ中に入れてもらいました。大林組は下請けの下請けで同じ韓国人である米原組に指示し、金さんの身の回りで使用しているものの名前を強制的に変えさせました。

 大林組の方はなぜ日本名を使う事を強制するのでしょうか。韓国名ではなぜいけないのでしょうか。在日韓国人が会社に存在する事がいけないことなのでしょうか。